卵巣嚢腫発覚の経緯その2(空港から病院へ直行)

アドセンス

成田空港~近所の国立病院

空港のスタッフや客室乗務員の方々のおかげでなんとか30時間のフライトを乗り切り、日本に帰国することができた。

ガラパゴス-キト-ヒューストン-成田という過酷な行程だった。
しかし幸運なことにヒューストン-成田間はユナイテッドとANAの共同運航便で日本人の客室乗務員の方がたくさんいたのだ。
キトでも現地のスタッフが横になれるようにシートをアサインしてくれたりと配慮はあったのだが、日系航空会社のホスピタリティはやはりずば抜けている、と改めて感じた。
熱があり、盲腸かもしれないということを伝えると、冷えピタやポカリをたくさん用意してくれた。
食事も喉を通りやすいものに差し替えてくれたり、都度気遣いの声掛けをしてくれ、弱った身には本当にありがたかった。
(ちなみによくドラマなどで「機内にお医者様はいらっしゃいますか?」という場面を見ることがある。あれは予め機内に薬や注射等が常備してあるらしいのだが、客室乗務員は処置ができないため、偶然医者が搭乗していた場合に処置が可能になるそう。「注射ができるようにアナウンスする準備はできています。」と伝えられた。)


空港についてからも車いすの手配、クリニックまでの送迎等、信じられない程親身になって世話をしてくれた。
この場を借りてお礼を言いたい。
2015年12月31日UA7937便(IAH-NRT)ANA客室乗務員のみなさん、本当にありがとうございました!!!
(ちなみに盲腸じゃありませんでした…)

成田空港のクリニックにも立ち寄ったものの、詳しい検査はできないと言われ結局家の近所の救急病院へ行くことになった。
体力も、症状も限界だった。
空港バスを降りたらスーツケースを夫に預け、私だけ先に病院に行くことにした。
スーツケースなんて引きずっていたらそれだけ病院につくのが遅くなる気がした。

大晦日の救急病院にも何人か患者がいたが、すぐに診察が始まった。
発熱と腹痛が続いていること、これまでの経過、盲腸かもしれないと言われたことを伝え、念のため謎に撮られたエコーも見せた。
すぐには症状の原因がわからなかったらしく、精密に検査したいという旨を伝えられ、レントゲンやCTなども行った。
しかし内科の先生には結局原因がわからなかったようだった。
診察の最後になぜか婦人科の先生が登場し、例の椅子に座り体の中をグリグリ触診されるやつもやった。
(初めて触診を受けたのでそれはそれはびっくりした…)


私、盲腸か食あたりなはずなのに、なんでこんなに原因がわからないんだろう。
…だんだんと嫌な予感がしてきた。

診察結果を待っていると、つい名前が呼ばれた。
そして医師から告げられたのは
「今から入院して更に検査・治療していきましょう。」
ということだった。
詳しい話をきくと、どうやら現時点では病名は特定できないらしい。
しかし、血液検査の結果、炎症を表す数値がとんでもなく高く、体のどこかに強い炎症があるとの診断だった。
入院したうえで、詳細な検査が必要なようだった。

ただの食あたりじゃないの?盲腸じゃないの?入院?シャワーずっと浴びてないのに?日本食食べられるの楽しみにしてたのに?お正月を病院で迎えるの?5日後には仕事なのに?
と色々なことが一気に頭を巡ったあとに涙が流れた。
私の体はいったいどうなってしまうのだろう。
不安で不安で仕方がなかった。

こうして今まで大きな病気もケガもしたことのない私が入院することになった。
病室ではぁっと息をついた時にはゆく年くる年がテレビで流れていた。
そしてそのまま新年を病室で迎えた。

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卵巣嚢腫発覚の経緯その3(8日間の緊急入院)

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